連載小説『はっきり言ってよ!?男の言い分、女の言い分?』第9話

青井由_はっきり言ってよ!vol.9_お前が勝手にやってただけだし

朝ごはんはいつもフレンチトーストとスープ、たっぷりのサラダ、そしてハムエッグ。これは健流が好きなメニューだから、同棲を始めたときから変わらない。

フレンチトーストが焼き上がる頃に、健流がダイニングテーブルにやって来る。うん、いつも通りのタイミング。出来立てを食べてほしいから、毎日健流が起きる時間に合わせて作ってるんだ。

「おはよう」

席に着いた健流は、目の前に並んだ朝食を見て、口をへの字に曲げた。

「……いつも思うんだけど、朝メシの量が多くないか?」

「多くないよー。一日を元気に過ごすためにも、しっかり食べないと!」

シンクで洗い物をしていた私の耳に、健流の小さいため息が聞こえてきた。続けて「いただきます」という声も。

そしてもそもそとサラダを食べていた健流が、しばらくしてまた口を開いた。

「……あのさ」

「ん? 何?」

私が振り返ると、健流がスープカップを持っていた。

「……あ! もしかしてスープがしょっぱかった? ごめーん、塩を少し入れ過ぎたかなーって思ったんだよねー」

「いや、そうじゃなく……」

健流はスープを一気に飲み干し、それ以上何も話そうとはしなかった。

……まぁ、朝の健流はいつもこんな感じ。もともと無口だし、コミュ障っぽくてボーッとしてるから、寝起きはもっとボーッとしてる。

こんな健流に、毎日朝ごはんを作ってあげて、洗濯も掃除もしてあげられる女なんて、私以外にいないよねー。彼が手のかかるタイプだって言えばそのとおりなんだけど、いつかは結婚して、二人で幸せになるためだと思えば、これぐらいの世話なんて平気だし!

青井由_はっきり言ってよ!vol.9_挿絵

「あんた、すっかり健流くんの『お母さん』になってるじゃない」

今朝の健流の様子を話したら、会社の先輩のリリコさんがそう言った。

「そうですかねぇ」

私は首をひねりながら、リリコさんから書類を受け取る。

「でも、健流は私がいないと何もできないんですよ。ごはんだってまともに作れないし、洗濯も掃除もできないんですから!」

「それって、健流くんが何もできないんじゃなく、あんたが何でも先回りしてやってるから、何もさせてもらえないだけじゃないの?」

「いやいや、健流が私を頼ってるんですって! それに、いずれは健流と結婚したら、こうやって世話を焼くのが当たり前になりそうですしー」

リリコさんは、はぁ、と大きく息を吐き出して、声を低くして言った。

「言っておくけど、『お母さん』は結婚相手にはなれないからね」

「当たり前ですよ! お母さんと息子が結婚なんてできるわけが……」

「そうじゃなく! 健流くんの世話を、母親のように焼くのもいい加減にしろってこと!」

……だって、仕方ないんだもの。私は四人きょうだいの一番上に生まれて、気づいたときには弟や妹の面倒を見てたんだから。中学生の頃からすっかり「おかんキャラ」になっていて、友達や部活の後輩の面倒を見るのがクセになったんだから。

だから私にとっては、人に世話を焼いたり、面倒を見るのが当たり前。逆に、頼られていないと不安になるぐらいなんだし……。

「『お母さん』ぶるのをやめないと、そのうち健流くんにウザがられるわよ」

そんなこと、あるはずない――このときの私は、リリコさんの冷たい言葉を少しも本気で受け取っていなかった。だって、健流は私がいないと何もできないんだから。私が世話を焼かないと、ボーッとしてるだけの男なんだから!

……なのに、リリコさんの言葉は、この日の夜に現実となってしまった。

「別れてほしいんだ」

私より早く帰宅していた健流が、帰ってきたばかりの私にそう告げた。

「……え? ど、どうして!?」

「好きな人が……できた」

最初、うまく理解できなかったその言葉の意味が、だんだんと脳の中に浮かんできて、私の怒りが一気に頂点にまで達した。私はソファにあったクッションをつかみ、健流めがけて投げつける。

「何言ってんのよ! いままでずーっと、あんたの面倒を見てきたのは誰だと思ってんのよ!」

見事に健流の肩に命中したクッションは、マヌケな音を立てて床に落ちた。それを健流はゆっくりとした動作で拾い上げる。

「俺はお前に、面倒を見てほしいなんて頼んだことはない。全部、お前が勝手にやってただけだし」

「で、でも! あんたは私がいないと、何もできないじゃない! 健流のことを、全部やってたのは私だよ! 食事に洗濯、掃除まで……それもこれも全部、私の勝手だったって言うの!?」

「俺は何もできないわけじゃない。お前が先回りしてやってたから、できなかっただけ」

恨みをこめた目で睨む私の視線を避けて、健流は私の横を通り過ぎ、クッションをソファの上に戻した。

「……俺、正直辛かったんだよね、お前に世話を焼かれるのが。毎日バカみたいに大量のメシを食わされるのもしんどかったし。洗濯や掃除だってお前が雑にやるから、洗い残しとかホコリの溜まってるところが結構あって、それを処理してたのは俺だし……」

「どうしてそれを言ってくれなかったの!?」

「俺は言ってたよ。でも、お前は俺の話を全然聞いてなかったんだよ。ただ、俺の身の回りのことを先回りしてやることに必死になっててさ……まるで母親と暮らしてるみたいだった」

……は、母親ぁ? つまり私は、リリコさんの言うとおり、健流に「お母さん」だと思われてたってこと!?

戸惑いで動けずにいる私をほったらかしたままで、健流は自分の部屋に入り、スーツケースを持って出てきた。

「俺のほかの荷物は、全部宅配で出しておいたから。この家のものは、お前が勝手に処分してくれてかまわない」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

健流は私の言葉に振り返ることなく、玄関へと向かい、そのまま出て行った。

そしてそれ以降、健流がこの部屋のドアから帰ってくることはなかった。

――何が悪かったの? 私のどこがいけなかったの?

健流と別れてからというもの、私はずっと自問自答をくり返している。答えはわかっているのにね。だって、私が健流を縛りつけていただけだったんだから。

「これで懲りたでしょ。もう『おかんキャラ』からは卒業しなさい!」

リリコさんから言われて、自分でもそうは思っているものの、身についてしまった「おかんキャラ」を剥がすのは難しい。そして別れてしまった今でも、健流が本当にちゃんと生活できているかが心配で――。

「遊香さん、すみません」

私のモヤモヤした気持ちの隙間から、か細い声が聞こえてきた。それは、私が教育を担当している新入社員の佐々木くんのものだった。佐々木くんは、私の前で細い体をモジモジとさせている。

「この書類の作り方がわからないので、手伝ってほしいんですが」

「いいよ、任せて! 私がぜーんぶやってあげるから、佐々木は何もしなくても……」

そこまで言って、私は口を閉じた。あーあ、また「おかんキャラ」が出てきちゃってるよー! 佐々木くんがやるべきことを私がやっちゃうなんて、健流にしてきたことと変わりないじゃない! ?私は心の中の「おかん」をグッと抑え込み、自分の机からノートを一冊取り出した。それは新人時代に業務を覚えるために書き留めておいたもので、その中にある書類の作成方法が書いてあるページを開き、佐々木くんに差し出した。

「これを参考にして、できるところまでは自分でやってみて」

「は、はい」

佐々木くんはノートを受け取るとお辞儀をして、自分の席へと戻っていった。そしてパソコンにワードの画面を起動させ、ノートを見ながらぎこちなく文字を打ち込みはじめている。

間違えをくり返しながらも、必死に作業をしている佐々木くんの背中を見ていたら、私の中の「おかん」がなぜか静かになっていった。世話焼きな「おかん」は、手出しをしたい気持ちを堪え、じっと佐々木くんを見守り、無言で「がんばれ」と励ましている。

……そうか、これだったんだ。本当に世話を焼くっていうのは、ゆっくり見守ることだったんだなぁ。

やっとのことで気づいた私は、なんだかおかしくなってクスクスと一人で笑い、誰にも聞こえない声でつぶやいた。

「健流、がんばってね」

そして佐々木くんの背中にも「がんばれ」と声を掛けた。

第9話 ?終了?

この記事の著者

青井 由(あおい よし)小説家・フリー編集者・ライター

小説家。 女性の本音とときめきに触れる小説とコラムを執筆している。 モットーは「Write like talking」。 複数のWebサイトで恋愛コラムも執筆中。
男心をつかむコツを探るべく、多くの20~30代男性にリサーチを行っている。

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