連載小説『はっきり言ってよ!?男の言い分、女の言い分?』第8話

青井由_はっきり言ってよ!vol.8_お互い、大変だよなー

シーンとしたオフィス。夕焼けが見える窓際。そこで一人、ひたすらキーボードを叩き続ける私。

……こんな休日出勤、これで何度目かな? 今日だって、本当は友達と映画を見に行く予定だったのに、昨日になって課長から休日出勤を頼まれたから……。

でも、課長だって毎週のように休日出勤してたことは知っている。だけど今日はお子さんのピアノの発表会があるから、代わりに私に頼んだってことは十分理解してる。

でも、私に頼むことはないよね? ほかの人でもいいはずなのに、わざわざ私に頼むってことは……私が断れない人間だってことがバレてるんだ。断りたい気持ちはあるし、「できません」って言葉が喉まで上がってはきてるんだけど、なかなか言えない。

竣太と別れたのだって、この断れない性格のせいかもしれない。休日出勤を断り切れなくって何回もデートをキャンセルしてしまい、最後には竣太に「お前って何でも引き受けすぎなんだよ!」なんて言われて、言い返せもせずにそれっきりだもの。

「言いたいことって、なかなか言えないな……」

独り言を誰もいないオフィスに吐き出して、私は再びキーボードの上で指を動かし始めた。とにかく来週のコンペに必要なこのデータを入力し終えないと、私の休日出勤は終わらない。

そして朝から入力したデータの量が、五〇〇件を超えたときだったと思う。データを保存しようとした瞬間、パソコンの画面が急に色をなくし、真っ暗になってしまった。

「……あれ?」

暗くなったのは画面だけじゃない。このオフィスで唯一点いていた、私の頭上にある蛍光灯も消えて、部屋全体が黒い色になっている。

これって……停電? だけど、窓からは外の街灯や、ほかのビルの明かりは見えている。……ってことは、このビルだけが停電してるってこと?

そ、それよりもデータ! 大事なのはデータ! 私、確か四〇〇件を超えたところで一旦保存して、それから一度も保存してなかったよね? ってことは、それまで入力したデータは……消えた?

うわああああああ! どうしようーっ!  私は暗闇の中で八つ当たりするように床を踏み鳴らし、座っているイスに何度も背中をぶつける。データを入力してた私の時間を返してよーっ!

でも、こんなことをしててもデータが復活するわけじゃない。時間が戻ってくるわけじゃない。まずは通電させないと、仕事はできやしないんだから!

私はデスクの上に置いてあったスマホを手探りで取り上げる。電源を入れたスマホの画面の明かりを懐中電灯代わりにして、部屋のドア近くへと進んだ。確かドアの真横には、このビルの管理会社の電話番号が書かれたシールがあったはずなんだけど……あった!

私はその番号に電話をした。コールが九回鳴り響き、十回目の途中で電話を取る音がした。

「……はい。大東海ビルサービス、担当のタチバナです」

かったるさを塊にしたような男の声が聞こえる。寝起きのようなその声を目覚めさせるように、私は声を大きめにして話し出した。

「○○町にあるサクラ第一ビルディングにいる者なんですが、さっきから停電してしまって困っているんです。停電を直しに来てもらえませんか?」

「……無理っすね」

「む、無理? 無理ってどういうことです?」

「今日、うちの会社では俺しか出勤してないんですよ。俺、これから別のビルの保守作業をするんで、そっちに行くとなったら、夜中になると思うんですよね」

「よ、夜中!?」

「それに停電だったら、ビルの地下にある配電装置をいじれば何とかなると思うんで、自分でやってもらえませんか? 簡単な操作だと思うんで」

「でも、私のような素人には、そんなことできないと思うんですけど……」

「地下に行って、配電装置を確認するだけなんすけどねー。できないんすか?」

「だって……ビルの中は真っ暗で、地下まで行くとなったら大変だし、配電装置なんて、機械の操作が苦手な私には……」

「……そんなこともできない社員だから、土曜日まで会社に来て働いてるんじゃないですか?」

タチバナという男のその言葉に、私の中の何かがブチッと音を立てて切れた。そして怒りのゲージがMAXになり、私の口からはとんでもない量の言葉が溢れ出した。

「できない社員で悪かったわね! そのうえ私は、休日出勤を断れもしないようなダメ人間なの! でもね、こんな私にもプライドはあって、任された仕事はちゃんと最後までやりたいのよ! あんただって、そういうプライドはあるでしょ? だったらさっさと停電を直しに来なさいよ! あんたが言うとおり簡単な作業なら、ここを直してからほかのビルの保守作業に行ったって問題ないんじゃないの!?」

いつもは言いたいことが言えないはずなのに、怒りモードになったおかげか、びっくりするぐらいに言葉が出てくる。そんな私の勢いに圧されたのか、タチバナって人は黙りこくり、しばらくしてから返事をした。

「……わかりました。いまからそっちに向かいます」

タチバナはそう言って、一方的に電話を切ってしまった。興奮が残った状態の私は、スマホの明かりを頼りに自分のデスクへと戻り、イスに体をもたれさせた。

自分でもびっくりした。休日出勤も断れず、竣太に何を言われても言い返せなかった私が、あそこまで言えるなんて。しかもタチバナに言ったことは嘘じゃなく、私の素直な気持ちだった。

私はダメな社員だけど、仕事はちゃんとやろうと思っているし、休日出勤だって引き受けたからにはしっかりやろうと思っている。それは……私の仕事に対する覚悟かもしれない。

そんなことをぼんやりと考えていると、天井の蛍光灯がジーと音を立て始めた。そしてパチンと明かりを灯し、辺りを白く照らした。あのタチバナという男が、きっと直しに来てくれたんだろう。

そう思ってホッとしていると、オフィスのドアをノックする音が聞こえた。

「失礼します」

大きな声が聞こえてドアが開き、作業着を着た大きな体の男の人が入ってきた。

「大東海ビルサービスのタチバナです。通電作業、完了しました」

「あ、あなたが……」

そうか、この人がさっき電話に出た「タチバナ」か。彼は帽子を脱ぐと、大きく頭を下げた。

「電話では失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」

「い、いえ」

彼のかしこまった態度に面食らっておどおどする私の前で、タチバナさんが頭を上げる。その顔に、私はくぎ付けになった。……めちゃくちゃイケメンなんですけど!超タイプなんですけど!

一瞬で鼓動が早くなり、顔が熱くなり始めている私を見て、タチバナさんはショボンとした顔で話し続ける。

「実は俺も今日は休日出勤で……イライラしてたんです。それでつい、失礼なことを言ってしまって……」

「い、いえ。私もいろいろと言い過ぎて……すみません」

お互いに頭を下げ合ってしまい、それ以上は話が続かない。何とか沈黙を打ち破ろうと、私はタチバナさんに尋ねた。

「いつも休日出勤してるんですか?」

「そうっすね。不況続きで社員も少ないんで、どうしても休日出勤が増えるんすよね。おかげで、デートにも行けなくて彼女にもフラれたし」

「私もフラれたんです! 休日出勤のせいで、彼とのデートを何回もドタキャンしちゃって……」

「お互い、大変だよなー」

タチバナさんは、大きな口を広げて笑った。私もつられて笑いながら、本当にそのとおりだと思った。

大変なのは私だけじゃない。タチバナさんだって、課長だって、ほかの社員だって、みんな大変なんだ。だから休日出勤が必要なら、それを一人に押し付けるんじゃなく、みんなで分担すればいい。たとえばローテーション制にするとか……。それとも、休日出勤をしなくて済むような仕事の仕方を考えてみるのもいいかもしれない。

……よし。こんどの会議では、それを提案してみよう。なかなか言いたいことが言えない私だけど、いまなら堂々と言える気がするから。

そして、目の前で素敵な笑顔を見せているタチバナさんにも、いまなら

「LINEのID、交換しませんか?」

と素直に言えそうな気がしていた。

青井由_はっきり言ってよ!vol.8_挿絵

第8話 ?終了?

青井由_はっきり言ってよ!_フッター画像

この記事の著者

青井 由(あおい よし)小説家・フリー編集者・ライター

小説家。 女性の本音とときめきに触れる小説とコラムを執筆している。 モットーは「Write like talking」。 複数のWebサイトで恋愛コラムも執筆中。
男心をつかむコツを探るべく、多くの20~30代男性にリサーチを行っている。

この著者の最新の記事

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ページ上部へ戻る