連載小説『はっきり言ってよ!?男の言い分、女の言い分?』第4話

青井由_はっきり言ってよ!vol.4_お前、キレイになったな仕事を嫌だと思ったことはほとんどない。どんなに徹夜が続いても、どんなに編集長から無理難題を押しつけられても、小さい頃からの夢だった編集という仕事を嫌いになることはない。

だけど今は、この仕事を投げ出しそうになっている。

ここはある撮影スタジオ。有名美容家・佐山ルイ先生の、夏に向けた美容法を紹介する記事のために、モデルさんを使って撮影する予定なんだけど……どうしてカメラマンが徹なの!?

「よぉ。元気だった?」

目の前には、昔――っていっても一年前だけど――と変わらない、屈託のない徹の笑顔がある。両手に大事そうにカメラを抱えて。

「今日の撮影は、山岸さんを指名してたはずだけど?」

「山岸さんが体調を崩して、俺が代打で来たってわけ」

「代打で来られるほどヒマってことね」

「まぁね。昨日までニューヨークだったから、今日は時差ボケ対応のために休みにしてたんだよ」

「それはそれは。ご活躍のことで」

イヤミしか口から出てこない私に、徹はカメラを構える。

「そういう表情、変わらないなー。腹が立ってるときのフグみたいな顔」

「丸顔のフグで悪かったわね!」

「……お前、キレイになったな」

「え?」

重かった心が、思わずポップコーンみたいに弾け出す。その瞬間をとらえるように、徹はシャッターを切った。

「でしょー! 恵理香さん、すっごくキレイになったの!」

フラッシュの光が残るスタジオに、佐山先生がやってきた。いつものようにノーメイクのピカピカ素肌で。

「彼女はもともと美しくなれる才能があったのよ! そう思わない?」

佐山先生が私の横にやってくると、徹はカメラを下ろし、マジメくさった顔でお辞儀をした。

「佐山先生、今日はよろしくお願いします」

「はい、よろしくね」

徹はカメラのセッティングに入り、私と佐山先生はスタジオの隅で立っていた。

「恵理香さん、あなた本当にキレイになったわよね」

「ありがとうございます。佐山先生のご指導のおかげです」

徹の浮気グセが原因で一年前に別れたとき、ボロボロになっていた私を励ましてくれたのが、佐山先生だった。

「別れの傷を癒すには、自分を労わってあげること。スキンケアをしっかりすれば、肌から心にやさしさが伝わるはずよ」

それ以来、私は肌やボディのケアを念入りにするようになった。そしたら徹のことはすっかり忘れて、心も体も健康になったし、いいことずくめだった。

なのに今の私は、無意識で徹の背中を追いかけている。シャツの上からもわかる肩甲骨の形。そして背中の筋肉の動き……。どれもこれも、私が好きだったものだ。

「恵理香さん、自分を安売りしちゃダメよ」

ふいに声が聞こえ、私は佐山先生へと視線を向けた。

「女にはそれぞれ値打ちがあってね、ケアも何もしない自堕落な女には、ロクな男がついてこないわ。だけど今のあなたは、しっかりと値打ちのある女になってる」

「そ、そうですか? でも私、今も彼氏ナシですし……」

「それは、あなたにふさわしい男が現れなかっただけ! だから、どんなにやさしくて魅力的だったとしても、あなたの値打ちに合わない男の誘いには乗っちゃダメ!」

「は、はい……」

先生の真剣な表情に圧倒されて、私は頷くことしかできなかった。

それから十分後、モデルさんがやってきて撮影が始まって、三時間後には撮影は終わった。あとは編集部に戻って、ラフと記事を作ってまとめて……と頭の中で仕事の流れを確認していた私のところに、徹がやってきた。

「このあと、ヒマ?」

「だったら何よ」

「よかったら飲みに行かないか?」

「……え?」

「キレイになったお前と一緒に飲みたいだけさ」

……ううっ。私はこういう徹のストレートな言葉に弱い。一瞬で私の心をギュッとつかんでくるんだもの。

私が返事を迷っていると、徹がカードを渡してきた。そこには、このスタジオの近くにあるバーの店名と地図が載っている。

「ここで待ってるから」

徹が機材を片づけに戻ったあとも、私は行くべきかどうか迷っていた。……いや、悩んでる時点で答えは出ている。私は行きたいんだ。徹にキレイになったって言われて、舞い上がっている自分が、忘れていたはずの徹にしがみつこうとしている。

青井由_はっきり言ってよ!vol.4_挿絵

「二人で飲むのも久しぶりだな」

「そうだね」

徹の言葉に冷静に返してはいるけれど、内心はドキドキだった。久々に鼻をくすぐる徹の匂いとか、体の熱とか。バーのカウンターで一緒に飲んでいれば、体に沁みこむように伝わってくる。

「恵理香はまだ、『ジョルノ』の編集をしてたんだな」

「おかげさまで。副編集長になりました」

「おーっ! すげぇじゃん!」

徹は驚きの表情を見せながら、ジーンズのポケットからスマホを取り出した。

「お前、携帯の番号変えただろ? せっかくだから教えろよ」

「えーっ。どうして?」

「副編集長様から、いざってときにお仕事をもらうためだよ」

仕方なくスマホを取り出した私は、連絡先を交換しながら核心に切り込んだ。

「そういえば……カオルちゃんとはどうしたの?」

もともと徹の浮気グセはハンパなかったんだけど、当時の浮気相手だったカオルちゃんとキスしてるところを見て、一年前の私は徹との別れを決めたのだ。その後、徹がカオルちゃんと付き合っているって噂は聞いてたんだけど……。

徹はグラスを傾けながら、苦々しい顔でため息をついた。

「カオルって性格がキツくってさ、話してると疲れるんだよ。それに最近、ギクシャクしてるっていうか……」

「仲がうまくいってないってこと?」

「……まぁね」

切なさをたっぷりと湛えた、徹の横顔。それを見てたら、女性ホルモンや母性本能がドバドバと出そうになる。

「俺はさ、恵理香といたときが一番楽しかったな。お前とは気心が知れてたっていうか……」

徹の表情に子犬のようなフレーバーが漂えば漂うほど、「#元カレ #いい感じ #元サヤ」なんてタグが、私の心のインスタに溢れてくる。

そしてとうとう、徹は私の肩にもたれかかってきた。これは徹が甘えたいときのサイン。仕事が大変だったときや、いろいろうまくいかないとき……よく頭を撫でてあげていた。そんな思い出の欠片に刺激されて彼の頭に手をのばしかけた、そのときだった。

ぴろーん、とマヌケな音が鳴る。テーブルの上に置いてあった、徹のスマホの音。その画面には、白い文字のショートメッセージが浮かんでいる。

「早く帰ってきて。さびしいにゃーん☆ 明日、結婚式場に見学に行く予定でしょ? だから早くー」

送信主は「カオル」。それって……あのカオルちゃん? しかも「結婚式場」って……。徹は焦ってスマホを取り上げたけれど、もう遅い。

「あんた……カオルちゃんと結婚するの?」

「い、いや、その……」

「結婚するつもりなのに、私にこんなことしてたわけ!?」

「だ、だってさー、お前がキレイになってたから、ついうっかり出来心っていうか……」

「うるさい! 私のキレイは安っぽいものじゃないんだよ!」

そうだ。こいつは私を「キレイ」って言ってるけど、心から思ってるわけじゃないんだ。きっと私とカオルちゃんに二股かけようとして、褒めていただけなんだ!

「で、でも、お前だってその気になってたよな? そのキレイになったのだって、俺を見返そうとか思ってたんじゃねーの?」

「うるさい! 私はあんたのためにキレイになったんじゃないの。私は私のためにキレイになっただけ!」

私は財布から取り出した一万円札をカウンターの上に置いて、急ぎ足でバーを出た。外に出ると、一気に涙が溢れた。あんな男に引っ掛かってしまった情けなさが、私の全身を打ちのめしている。

ハンカチで涙を拭きながら、通り過ぎようとしたデパートのショーウインドーを見る。そこには、泣きはらした顔の私が映っている。……ひどい顔。せっかくキレイになったのに、これじゃあ台無しだ。

だけど今の私は、最高にキレイだ。最低男の徹を振り切ることができた私は、今、世界で一番キレイに決まってる。

そう思うと、涙はゆっくりと引っ込んでいく。徹と別れた一年前に流した涙も、今になってやっと渇いたような気がしていた。

第4話 〜終了〜

この記事の著者

青井 由(あおい よし)小説家・フリー編集者・ライター

小説家。 女性の本音とときめきに触れる小説とコラムを執筆している。 モットーは「Write like talking」。 複数のWebサイトで恋愛コラムも執筆中。
男心をつかむコツを探るべく、多くの20~30代男性にリサーチを行っている。

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