連載小説『はっきり言ってよ!?男の言い分、女の言い分?』第2話

青井由_はっきり言ってよ!vol.2_今は誰とも付き合うつもりはない

「あんた、東堂さんの言葉を本気にしてるの?」

向かいの席にいる恵美ちゃんが、試験管を振りながらこっちを見ていた。

「本当に好きだったら、さっさと告白すればいいのに! 桜子って、引っ込み思案だからなぁ」

「だって東堂さんは、『今は誰とも付き合うつもりはない』って言ってるし……。それに今、東堂さんは昇任試験間近で大変そうじゃない? その邪魔にはなりたくないもの」

「だから! その言葉を真に受けるのがよくないって言ってるの!」

そうかな? 好きな人の言葉だからこそ、真に受けるものなんじゃないの? それに私たち研究員は、目の前の実験結果を素直に受け取らなきゃいけないじゃない――そう言い返したかったのに、私の口からは一言も出てこない。それに引き替え、ガツガツ系の恵美ちゃんは、頼んでもいないことを言いまくる。

「私だったら、本当に好きならさっさと告白しちゃうな。邪魔になろうとなんだろうと、好きな気持ちには関係ないことじゃない!」

「でも、邪魔になるのは、東堂さんには失礼だよ……」

私が目の前に並んだシャーレの様子を記録用フォーマットに入力していると、ガツンと机が振動した。恵美ちゃんが立ち上がって、イスを蹴り上げたらしい。

「あんたがそう言うなら、別にかまわないけど!」

恵美ちゃんが去っていったあとで、私は一人、シャーレの中をじっと見ていた。こうやって一人で研究に打ち込んでいるときが、一番落ち着く。あんまり友達はいないし、人と話すことも苦手。だから、変なことを言って嫌われないように、なるべく人と話をしないようにしている。

それでも、東堂さんのことは好きになってしまった。

この研究所に就職して、新人だった私の指導員になってくれたのが、東堂さんだった。

「山科さんの控えめで、人の話をよく聞くところは、研究者に向いていると思うよ」

東堂さんはそう言って、私をいつも褒めてくれた。

彼女がいないとは知っていたけど、やんわりと

「好きな人はいますか?」

って訊いてみたら、

「今は誰とも付き合うつもりはない」

と言われてしまった。たぶん昇任試験の準備で忙しいから、東堂さんは女性と付き合っているヒマがないんだと思う。

私はシャーレを棚に戻し、研究室を出た。隣の部屋の小窓を覗くと、東堂さんがパソコンに向かっているのが見えた。昇進試験のために、論文を作成しているんだろう。

私は急いで研究室に戻り、サーバーに残っていたコーヒーをカップに入れ、それを持って隣の部屋をノックした。

「はい」

短い東堂さんの声が聞こえて、

「失礼します」

と私は部屋に入った。

「あの、東堂さん。よかったらこれ……」

私がコーヒーを差し出すと、東堂さんは疲れた顔でうれしそうに笑った。

「ああ、ありがとう。ちょうどコーヒーを飲みたいと思ってたんだ」

「昇進試験、がんばってくださいね」

「うん。みんなが励ましてくれてるから、がんばらないとね」

東堂さんはコーヒーの湯気でメガネを曇らせながら、にっこりと笑った。

やっぱり、こうやって陰ながら支えるのが、私の愛の形だと思う。それに、東堂さんみたいな誠実な人なら、こんな私の気持ちをわかってくれていると思うんだ。

「東堂、昇進おめでとーっ!」

三週間後、試験に無事合格し、昇進が決まった東堂さんを祝う飲み会が開かれていた。

「ありがとう。みんなのおかげだね」

乾杯が終わると、東堂さんは瓶ビールを片手に、みんなにお酌をして回っていた。そして私の席に来ると、いつものやさしい笑顔を見せてくれた。

「山科さんもありがとう。論文作成中の僕に、いつも気をつかってくれたよね」

「い、いえ、そんな……」

やっぱり東堂さんは、私の密かな気づかいをわかってくれていたんだ! うれしい! だったら……きっと大丈夫だよね。

だって今日は、絶対に東堂さんに告白するって決めてるから。この飲み会の帰りに、なんとか二人きりになれるようにして、ちゃんと思いをぶつけるんだ!

「えー。実は、みんなに報告があるんだけど……」

すべての席を一回りしてお酌を終えた東堂さんは、上座に戻って、急にかしこまった。

「実は二週間前から、豊田恵美さんと交際をしていまして……」

そのとき東堂さんが言った言葉を、私は理解することができなかった。

エミサント、コウサイ? ……なにそれ。宇宙語ですか?

東堂さんの突然の交際宣言に、みんなは驚きの声を上げていたけれど、それさえも私には聞こえてこない。頭がぐちゃぐちゃに混乱して、その場に座っているのがやっとだった。

「おいおい、東堂! お前、『試験が終わるまでは、誰とも付き合うつもりはない』って言ってただろ?」

丸山先輩、よく訊いてくれました。私もそれを訊きたかったんです。

「うん。確かにそのつもりだったんだけど、恵美さんが『試験が大変なときだからこそ、支えさせてください』って告白してくれたから……」

え? 恵美ちゃんが、東堂さんに告白……?  私は思わず隣のテーブルを見た。そこの中央で座っている恵美ちゃんは、なぜか私をじーっと見ていた。金メダルをとったアスリートのような、勝ち誇った顔をして。

「じゃあ、恵美ちゃんから東堂に告白したってこと?」

丸山先輩の質問の矛先が変わったことで、恵美ちゃんは恥ずかしそうに頷いた。

「だって、東堂さんが必死で昇進試験に取り組んでいる姿を見たら、こんな私でよかったら、手助けをしたいって思ったんです」

「こんな私」!? そんな控えめな言葉を、恵美ちゃんから聞いたことなんてないのに!

裏切られた気持ちでいっぱいになっている間に、飲み会は終了してしまっていた。居酒屋の外に出ると、仲よさそうに手をつないで帰っていく東堂さんと恵美ちゃんの姿が見えた。

悲しくて辛くて、その場で泣き出してしまいそうだったけど、なんとか堪えて、私は電車に乗った。吊革につかまって体を揺らしているうちに、ふと思い出した。あのときの恵美ちゃんの言葉を。 ――私だったら、本当に好きならさっさと告白しちゃうな。邪魔になろうとなんだろうと、好きな気持ちには関係ないことじゃない!――

つまり恵美ちゃんは、邪魔に思われてもかまわないって気持ちで、東堂さんに告白したんだろう。

それに今なら、東堂さんの「今は誰とも付き合うつもりはない」って言葉の本当の意味がはっきりとわかる。あれは「自分から誰かに告白してまで付き合うつもりはない」って意味で、「誰かから告白されたら、付き合うかもしれない」ってことだったんだ。

それに気づいていた恵美ちゃんは告白して、東堂さんの言葉を一字一句真に受けた私は、邪魔になりたくない一心で告白しなかった。

……ううん、違う。「邪魔になりたくない」なんて、ただの言い訳だ。私に告白する勇気がなかっただけ。それだけだ。

そのとき、コートのポケットの中でスマホが震えた。見てみると、恵美ちゃんからのメッセージが表示されている。

「私は謝らないからね」

「東堂さんに告白するのは、勇気が必要だった」

「あんたを裏切ることになることも、本当はイヤだった」

「だけど、その辛い気持ちを乗り越えないと、東堂さんと付き合えないって思った」

連続のメッセージに、どんな返事をしていいのかわからず、私はスマホを再びポケットに突っ込んで電車を降りた。

最寄り駅から家までの道を歩いていると、夜の風が頬を切りそうなほどに冷たい。真冬だから寒いのは当たり前だし、この寒さを乗り越えないと春が来ないこともわかってる。

冬と一緒に、この悲しい気持ちを乗り越えたら、自分の気持ちを素直に言える勇気を手に入れられるのだろうか? だったら、この寒さも、辛い気持ちも、がんばって受け止められるのに。

……うん。そう信じるしかないんだ。それが、誰かを本気で好きになる第一歩なのかもしれないから。

私はスマホを取り出し、メッセージの送信画面を開いた。そして恵美ちゃんに、

「負けないよ」

と一言、メッセージを送った。

青井由_はっきり言ってよ!vol.2_挿絵

第2話 〜終了〜

 

この記事の著者

青井 由(あおい よし)小説家・フリー編集者・ライター

小説家。 女性の本音とときめきに触れる小説とコラムを執筆している。 モットーは「Write like talking」。 複数のWebサイトで恋愛コラムも執筆中。
男心をつかむコツを探るべく、多くの20~30代男性にリサーチを行っている。

この著者の最新の記事

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ページ上部へ戻る